ヒカルの秘密


週刊少年ジャンプ連載「ヒカルの碁」集英社刊
(C)原作・ほったゆみ/漫画・小畑健/監修・梅澤由香里四段(日本棋院)


週刊少年ジャンプ連載中の「ヒカルの碁」に登場した囲碁のさまざまな局面のルーツを探るコーナーです。また、囲碁の話題も取り上げています。

第120局 一色碁

倉田厚六段とヒカルの一色碁は、碁会所のお客のオジサンたちが見守る中、淡々と進んでいきます。碁はヒカルの先番(黒)で、途中から気合いが入ってスピードアップ。ついにギャラリーは進行についていけず、白石のかたまりを見ているだけになってしまいました。ところで、上図は「ここを出ると黒は死ぬかな?」と倉田六段が思った局面。実際、次の手で白はAと出て、それを見たヒカルは「負けました」と潔く投了しました。さすがにヒカルはプロですね。
もっとも、われわれマンガの読者には白石だらけではワケがわかりませんが、白石と黒石を正しく並べ直した元棋譜の局面が左図。白Aと出て、中央の黒と左下の黒のどちらかがタダではすまなくなっています。
じつはこの碁、1984年10月22日に行われた小林覚八段(当時)対雛海石五段(当時)の大手合での一局で、結果は白の小林八段の中押勝ち(174手完)となっています。
★なお、この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。
(2001.6.12)


第119局 力試し

 今週はこれといって取り上げるべき局面はありませんでした。その代わり、将来のタイトルホルダーを自負する倉田厚六段とヒカルが「一色碁(いっしょくご)」を打つことになりました。一色碁というのは、両対局者が二人とも白石なら白石だけ、黒石なら黒石だけを持って対局するもので、一種のお遊びです。それこそ院生や学生などがときどき遊びで打ったりする余興の碁で、白白碁(しろしろご)とか黒黒碁(くろくろご)などと言ったりもするようです。

 一色碁を打つには、もちろんそれなりの棋力が要求されますが、複雑な局面や微妙なシチョウ当たりなどが関係しなければ、プロはもちろん、アマチュア有段者でも打つことが可能でしょう。とくに頭の柔らかい小・中・高・大学生の有段者であれば、目にもとまらぬスピードで百数十手を打ち続けることは、それほど苦もなくできるはずです。(ただし、終局まで完璧に打つのはひじょうに難しい)

 どうしてアマ有段者程度でそんな芸当ができるようになるのかと言うと、それぞれの着手に関連性や必然性が出てくるからです。つまり、定石的な進行はもちろん、ほとんどの着手が「なんとなくそこに打った」のではなく、「打つべき理由やヨミやカタチがあって、だからそこに打った」ということになるからです。また、有段者ともなると、局面全体を図形的に把握・認識する能力が自然についている、という理由もおそらくあるのでしょう。

 というわけで、マンガでは一色碁によって「ヒカルの棋力が試される」とのことですが、ま、実際にはそんなに気張って言うほどのことではありません。そんなことより、棋院に行けば棋譜をもらえることすらヒカルは知らなかったり、一色碁も初体験だったりと、あまりと言えばあんまりなヒカルの無知ぶりが気になります。もっとも、読者とともに囲碁に関する知識をひろげていくというのも、このマンガの大きな魅力なので、否定するつもりはさらさらありませんが……。
(2001.6.5)



第116局 千年の答

結局5週間におよんだ塔矢名人vs佐為の戦いも、ようやく今週号で決着しました。元棋譜では白(佐為)の半目勝ちなのですが、マンガではなんと塔矢名人が半目負けを読み切っての投了。つまり佐為の中押し勝ちという予想外の結果ですが、このあたりの展開は大竹美学(大竹英雄九段)と相通ずるものがあります。ヒカルの碁はこのように、いい意味で読者の予想を裏切りつつ、囲碁ファンの心もしっかりとらえることができる作りになっているのではないでしょうか。さて、取り上げた図は黒の塔矢名人の181手目で、ヒカルが「塔矢先生、ここの切断に備えたろ。必要な一着だって誰でも思うよな。でもその前に……」と佐為に指摘した局面です。
続けてヒカルいわく、「隅にオキを打てば、白はオサえるしかない」というわけですが、先に黒▲と打つと、白は△と打つよりありません。もし白が黒▲に対して△とオサえないで、先に黒■の一路上を切ってしまうとイキイキか攻め合いになりそうです。両者イキイキでは白の得にならず、攻め合いはどうやら白のツブレ。そのため、黒▲オキには白△とオサえるよりなく、その交換だけで黒はトクしているのです。というのは、この状態で黒はBに半目あり、さらに白Aに手入れが必要(放置すれば黒Aがある)となるため、細かいながらも本来なら黒勝ち(黒1目半勝ちの可能性大)だったというわけです。ただし、黒▲オキの手自体は「誰も気がつかない」というほどの妙手ではないでしょう。
ところで、この対局の元ネタは、1997年5月1日に行われた第22期名人戦リーグの林海峰九段(黒)対依田紀基碁聖(当時)の一局。結果は白半目勝ち(262手完)となっています。
★なお、この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。(名局鑑賞の棋譜は「ヒカルの碁」の局面に合わせて座標軸を変換してありますので、あらかじめご了承ください)
(2001.5.14)


第115局
sai vs toya koyo(4)


塔矢名人と佐為の長〜い戦いもいよいよ今週で決着がつくかと思ったら、なんと、またまた次週に持ち越しです。盤面進行の模様も飛ばし気味のため、マンガからでは細かな手順がほとんどわかりません。ともあれ、今週は白116手目の局面のみをお見せしましょう。左の局面は、佐為の白く長い指が盤面中央にすーっと伸びて、石を打ち下ろしたところ。この手に対して、アキラと同じ部屋にいる若手棋士の一人が「……いい手だ」と言い、別の棋士が「この白は取れないな」「中につきそうな黒地が消えた」などと、頬に汗タラリ状態で呟いております。元棋譜の解説によると、このあたりで形勢は半目勝負だそうですが、さて次週、いったいどういう決着になっているのか、本当に楽しみです。
(2001.5.7)


第114局
sai vs toya koyo(3)


今週号は先週と同様、マンガからでは微妙な手順がまったくわかりません(4/23時点)でしたが、二人の方から元ネタを教えていただきました(多謝!)。したがって、左の棋譜は正しい手順に修正してあります(5/2)。
さて、白は下辺の黒地を肩ツキ(白70)で制限し、上辺で白74と一本ツケた後、右辺を白80と二間に高くヒラキました。一方、手番を握った黒は、上辺の白の一団をイジメながら少しだけ黒地を増やして、逃げ切りをはかろうとしているように見えます。今週の第 114局の局面は黒97手目までですが、ここで再び形勢判断をしてみましょう。といっても、ちょっと手抜きかもしれませんが、先週号の局面と比べてみれば比較的簡単に判断できそうです。どういうことかと言うと、つまり今週の局面は先週に比べ、黒地がほんの少し増えているのに対して、白地はさほど増えていません。もっとも次は白番で、しかも右下から右辺中央にかけての白が厚くなってきており、今後このあたりにどのくらいの地がつくのかが勝負という感じでしょうか。しかし、それやこれやのプラス要素を差し引いて考えても、現時点ではやはり黒の塔矢名人が相変わらず地合でリードしているようです。さて、来週はどうなることやら……?
(2001.4.23)


第113局
sai vs toya koyo(2)


右上隅の形が決まり、上辺黒67手目までを交換して、白68と再び右上隅に手を戻しました。
今週は白68手目までとなっていますが、和谷が言うように、右下隅で佐為が「仕掛けた一手」(白46の右)が働きを失い、白のポンヌキの威力がボケた感じになっています。地合も黒がややリードしているように見え、次の手番も黒が握っているので、この時点では黒(塔矢名人)ややリードではないかと思われます。いずれにしろ、ここ最近のマンガの進行はテレビ版「巨人の星」のように遅々として進まず、ちょっとイライラしますが、「イライラもまた楽し」といったところでしょうか。まことにもって次週が楽しみであります。
(2001.4.17)


第112局
sai vs toya koyo(1)


いよいよ塔矢名人とsaiの真剣勝負が始まりました。まだ元ネタは判明しませんが、序盤の推定手順をお届けしておきましょう。
ちなみに第112局は、右下の白28手目ハサミまで。この手に対して塔矢名人は「仕掛けて来たな」と述べていますが、べつに「仕掛けて来たな」と気張って言うほど大袈裟な手ではありません。
ともあれ、右下は定石的な進行をたどり、右上隅の白38手目スソガカリ以降の変化がちょっと珍しい。とくに黒43ナラビはじっくりとしたシブい手で、まず素人には打てない手でしょう(おそらく)。ただし、このナラビがいい手かどうかは、プロにでも聞いてみないことには何ともわかりません。
(2001.4.17)


第110局 昂る心

病気で入院中の塔矢名人は、ネット上の謎の棋士saiとの戦いを前に、ネット碁会所で練習対局をしていた。塔矢名人は「toya koyo」というそのままのハンドルネームで、相手は中国アマNo.1の「R.R」(李臨新)。二人の対局の途中経過は、パソコンモニター上にはっきりと描かれている。
じつはこれ、小林光一棋聖vs武宮正樹本因坊による、第11期棋聖戦七番勝負の第5局。結果は、白番(=塔矢名人)である小林棋聖の3目半勝ち(235手完)。これにより、4勝1敗で小林棋聖が防衛を決めています。マンガでは73手目くらいまでが描かれていますが、当時、東京の解説会では梶原武雄九段が白68の手を見て、「これでオワ(=終わりの意味)だ、白の勝ち」と言ったそうな。ちなみに武宮本因坊は黒73の封じ手に2時間38分の大長考をしている。
★この棋譜(73手まで)は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。
(2001.3.27)


第103局 偽りの署名

 囲碁のイベント会場に行ったヒカルと佐為。二人はそこで、秀策の署名入りの碁盤が売りに出されていることを知ります。しかし、かつて秀策に憑依していた佐為は、その署名を見て偽物だと見破ります。その碁盤の裏には、安政四年(丁巳の年)に署名したことを示す年号とともに「本因坊秀策」の文字と印が……。そこで佐為いわく、
「ヒカル! あれは虎次郎(秀策の幼名)の字じゃない!」
 というわけです。
 さて、ここで少しばかり疑問になるのが、歴史上の秀策は本当に「本因坊秀策」という署名をしたことがあったのか、ということなのです。といいますのは、秀策は十四世本因坊秀和の跡目(あとめ)となり、正しくは「本因坊跡目秀策」といいます。また、秀策は跡目のままこの世を去ったため、実際には「本因坊」の家督を継ぐことはありませんでした。というわけで、秀策がそもそも「本因坊秀策」という署名をしたことがあったのかどうかが疑問であり、もしなかったのなら、今週号の設定はちと無理スジかも……? というわけなんですね(ご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひご教授ください)。
 それから、べつにイチャモンをつけるつもりはありませんが、国内産の本榧(ほんかや)と北米産の新カヤ(スプルース)を見間違うことはめったにないと思われます。ただし、国内産の本榧と中国榧はソックリなので、こちらはほとんどの場合、見ただけではすぐには判別できないでしょう。乾燥が不十分な中国榧だと、持ち上げたときにズシリと重いため、「本榧とちょっと違うなあ……」という感じがします。いずれにしろ、マンガで「本榧VS中国榧」にしなかったのは、中国榧を扱っている碁盤屋さんに配慮したためかもしれません。
(2000.2.9)


第96局 やっと!

 上のタイトルをご覧のように、今週“やっと”ヒカルの入段決定……って、プロ試験1回目で入段したのに「やっと」はないような……(^_^;; 伊角くん、残念でした。次は頑張ってね。それから越智くん、せっかく塔矢プロが打ち碁を見たいといって来たのに、「負けた碁は見せたくない」だなんて、それじゃあ早くもプロ失格です。負けた碁はしっかり検討しましょう、よけいなお世話ですが……。
 それはさておき、結果はヒカルの1目半勝ち……あれ? 秀策と健造のこの一局は、白(ヒカル)の7目勝ちだから、コミ碁の現代ならヒカルの12目半勝ちとなるはず。ま、さすがにそれじゃあ格好がつかないからの1目半ということでしょうか?
 それからヒカルのおか〜さん! あ〜た、息子がプロ棋士になるってえのに、碁界のことをまるきり知らないなんて、トホホです。まあしかし、それをいったら院生時代のヒカルも似たようなものでしたね……トホホのホ。
★ヒカルが入段を決めた棋譜(秀策vs健造)は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。なお、名局鑑賞の棋譜は、盤面が上下逆になっています。
(2000.12.4)


第95局 2人目の合格者

ヒカルの入段が決まるか否か、この号で決着するかと思ったら……なんと次号に持ち越し! しかし越智に続いて、どうやら和谷が二人目の合格者に決まり、残るはヒカルか、それとも伊角か? う〜ん、なんだか引っ張ってくれちゃいます……(^_^;)
 ところで、この号では先週の局面から12手ほど進んでいるようなので、その進行をお楽しみください。ね、左上、黒のアテに白は素直にツガずに白1のノビキリ、うまい! まさに肩すかしの一手という感じでしょうか……。ともあれ、「名局鑑賞」コーナーでの総譜は、来週にオアズケといたしましょう。
(2000.11.27)


第94局 激戦

いよいよ院生ヒカルのプロ試験本戦最終戦。相手は、すでにプロ入りを決めている越智君。ヒカルもこの一局に勝てば、晴れてプロの仲間入りとなる重要な対局だ。
 さてマンガの盤面は、劣勢を意識した白のヒカルが粘りを見せ、黒の越智が「一気に攻めてツブしてやる!」と、左上隅で黒▼とアテたところ。それに対してヒカルは「そこだっ」と心の中で叫び、石を打とうとしたところで今週はおしまい。はたして来週、ヒカルは越智に勝って、プロになることができるのだろうか?
 じつはこれ、1859年11月23日の本因坊跡目秀策と巌埼健造の一局。なに、どちらが何目勝ったのかって? ……それは来週のお楽しみ(^_^)
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。なお、名局鑑賞の棋譜は、盤面が上下逆になっています。
(2000.11.20)


第91局 負けました

ヒカルと和谷の対局は、棋譜のモデルとなった第5期名人戦第2局と同じ進行をたどり、結局ヒカルの中押勝ち。つまり左図、黒が左上隅で「ア」とツギ、白は無念の投了となった。このあたりの攻防で和谷は次のように考えていた。「……ツナいだら中央に一眼作られる。かといって隅は手を抜くことができない。うまく見合いにされてしまった。……殺せない。生きた……」。そして「負けました」と言って頭を下げたわけだ。

では、どうしてここで投了なのか、ちょっと説明しよう。まず右上図、白は左上隅で1とツグよりないところ。すると黒は2と打ち、中央にもう一眼を作りにゆくことになる。白は3と打って目を奪いにいくしかなく、部分的にはコウに見える。だが実際には、黒は4の2子アテから6(右下図)にワリコミ、コウにする必要もない。すなわち、白があくまで抵抗すれば、右下図のように左上隅の白が落ちてしまうからだ。したがって白は、そもそも上図の3とコウを取ることができず、例えば2の一路下に手を戻し、黒3とツガせて黒を活かすしかないところ。要するに上図で黒アとツイだ時点で、もはや白はどうしようもない状況というわけ。下の第90局の局面で趙治勲がすべてを完全にヨミきっていたかどうかは知らないけれど、「何かある……」というプロの直感や勝負手とは恐るべし……なんですねえ、はい。
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。


第90局 プロへ来い!

院生となったヒカルは、プロ試験でついに和谷と対局。和谷が勝てば入段が決まり、晴れてプロ棋士となることができる。だが、一方のヒカルもプロになるためには負けられない。図は、そんなヒカルと和谷が中盤の難所を迎えたところ。上辺一帯で白の和谷が大模様を張り、黒のヒカルの石が生きればヒカルの勝ち、生きなければ和谷の勝ち=入段決定、という勝負所だ。
いま白は、左上隅でAとオサエたところ。さて、上辺に点在している黒石に、はたして生きはあるのだろうか……? じつはこの局面、1980年9月17日から行われた大竹英雄名人対趙治勲八段(当時)の第5期名人戦第2局。黒(ヒカルの側)は趙治勲で、この後、みごとに上辺の黒石をしのいでみせるのだが、はてさてマンガの進行はどうなるのかしら?
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。


第27局 3度目の対局

ヒカル(葉瀬中)とアキラ(海王中)の3度目の対局。ヒカルの先番で、図は佐為が長考を始めたところ。ここでヒカルは図イに打ちたいと言うが、佐為が示した手は図ア。じつはこの対局は、万延元(1860)年8月18日に打たれた桑原秀策対村瀬弥吉(秀甫)の一局。ただし秀甫が先(黒)で、秀策は白。つまりマンガでは、ヒカルが秀甫で、アキラが秀策の手を打っていることになる。ちなみに秀甫は図アと打ち、本局は129手で黒の中押し勝ち。マンガでは、ヒカルは自分の意思でイに打ったのだが……。
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。

第7局 詰碁三題

■第2題  黒先
出典は、玄玄碁経集の草木虫魚篇「翫桃勢」。翫桃とは、「桃をもてあそぶ」という意味です。なお、この図は原図で、マンガでは全体が1路左にズレています。



第7局 詰碁三題

■第3題  黒先
出典は、玄玄碁経集の言辞篇「隠微勢」。隠微とは、「微妙ではっきりしない」という意味です。



第5局 牙を剥くアキラ

ヒカル対アキラの2回戦。佐為が「わたしがヒラク手を待っているのか? ならばそれもよかろう」と言って、なぜか右下にカカった一局。この出典は、嘉永6(1853)年2月2日、本因坊秀策(当時六段)と太田雄蔵(当時七段)との一局で、黒の秀策の中押し勝ちに終っています。

(注)単行本では、右下隅の石の配置が図とは異なり、ネーム(セリフ)と合わせて変更されています。
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。


第3局 死活の急所

出典は、玄玄碁経集の言辞篇「金不換勢」。金不換とは、「万金にも換えられない貴重なもの」という意味です。



第2局 はるかな高み

ヒカルとアキラが初対局したときの最終図。ヒカルの2目勝ちとなっていますが、じつは……

嘉永4(1851)年10月22日、本因坊秀和(八段)対秀策(六段)の一局。秀策の先(黒)で、4目勝ちとなっています。
★この棋譜は、名局鑑賞のコーナーで再現・鑑賞できます。

最終更新日:2001.6.12